写真は先週、京都をご案内していた際に
ゲストが立ち寄った、寺町通に新しくできていた包丁屋さんです。
まんなかは私のゲスト、その他は店員さんたちなのですが
この光景を見て、なんだか落ち着かない気分になったのは私だけかしら。
こちらのお店、見る限り、店員さんすべて日本人っぽくありません。
もっとも最近は、外見ではわからない場合もありますし
もしかしたら、実はとても日本の刃物に造詣の深い方々なのかもしれません。
しかし、現実として、特に東京や京都の観光関連のお店では
日本語はおぼつかないけど外国語で接客のできるスタッフがとても増えています。
それ自体は必要でしょうし、悪いことではないと思いますが
包丁という、日本刀の技術を生かした伝統ある工芸品を販売するのに
言葉という、売るための道具のみの観点で採用された方々が担当しているのだとすれば
それはちょっと違うのではないかという気がします。
私の偏見なのかなぁ。
「偏見」は英語で bias (バイアs) というのが一般的です。
半ば日本語になってますかね。
「バイアステープ」という、布をナナメに使った手芸の材料もありますし。
使う際は、名詞より biased = 偏った見方をした という状態が多く
I might be biased, but that sight seemed weird.
(偏見かもしれないけど、その光景は奇妙に見えた)
こんな感じで使います。(かもしれない は might を使うと雰囲気が出ます)
先だっての選挙での論点の1つに
日本人を優先しようという主張があり、話題となりましたね。
メディアの報道を通して知る主張の内容には、個人的には賛同していませんが
観光地の混雑ぶりや、一定数いるマナーの良くない外国人観光客を実際見ていますし
加えてこういう光景を見ると、快く思わない人もいるのは理解できます。
しかし一方、本当に日本文化に敬意をもって接している外国人がいることも事実。
また、日本人側が商売のためだけに、日本文化をゆがめて宣伝している面もあります。
全てをひとくくりにせず、偏見を持たずに
できる限り平等な目で、様々なものを評価できるよう、心がけていきたいものです。
